華水の月

22.花嵐の痕

「好きなんだ……」
 告白された愛の言葉は、やけに遠くに聞こえた。
 穏やかな夕時の風が、その台詞を攫うようにサァーッと流れる。乱れた髪を、耳にかきあげる仕草は、愛らしい少女そのものだった。憂いを含む表情さえ、男心を刺激してならない。
「好きなんだ、美緒ちゃんのこと。……付き合ってくれないかな」
 懇願するように、彼女の視線を探った。
 けれど、絡み合うことなく時が流れると、美緒は顔を上げて困ったように微笑んだ。
「ごめんなさい。あなたとは付き合えません」
「好きなんだよ。今すぐに俺を見てくれなんて言わない。最初は友達からでも構わないから、付き合ってくれないか」
「ごめんなさい……できません」
「どうして? 今付き合ってる男、いるの?」
「それは……」
 どう答えていいものか迷う。いると答えれば、誰だと問われるだろうし、いないと答えれば相手に嘘を吐いているような気がしてならない。
 言葉を選びながら迷っていると、目の前にいる男子生徒は、思いもかけない言葉を口にした。
「やっぱ……櫻井泉と付き合ってんのか?」
「は? 櫻井泉?」
「だって、噂になってんだろ。美緒ちゃんとあの人が付き合ってるっていう噂。真相はどうか知らないけど、やっぱり本当なのかなと思って」
 美緒や泉、そして薫の間では、もう過去の噂のように思っていたけれど、実際学校内では、その噂は火を消していなかったようだ。目の前にいる男がそう言うのだから、他の生徒たちもきっと噂しているに違いないだろう。最悪だ。根も葉もない噂を立てられ、誤解を生んでいるだなんて。
 でも何故だろう。薫とのことを噂されたらと思う時の耐えられない不安のようなものは、感じられなかった。きっと事実ではないから気にもならないのかもしれない。他人の噂を全然気にしない薫の性格が美緒にも少しうつったのかとさえ思った。
「泉先生とは、何でもないよ。付き合ってるなんて噂、全部嘘だよ」
「……本当に? でも向こうは、美緒ちゃんに結構馴れ馴れしかったみたいだけど」
「あ……それはね、元々知り合いだったから」
「そうなの?」
「うん、そう……」
 ぎこちなく答える美緒だったが、男は彼女のそんな物言いにひどく安心したようだった。今目の前にいるのが、親友のえみでなかったことを心底良かったと思った。えみのように鋭い眼光の持ち主なら、こんな嘘、一発で見抜くに違いない。
「じゃあさ、今付き合ってる男はいないってこと?」
「それは……」
「いるの?」
「……いないけど」
 そう言った瞬間、男がパッと笑顔になった。その反面、美緒は嘘を吐いてしまったことに、思わず顔を顰める。
 でも仕方がなかったのだ。恋人がいるなんて、言えるはずもない相手が恋人なのだから。
「じゃあ、試しにお願い。一週間、いや、三日でもいいから」
「だから……何度も言ってるように……」
「本気で好きなんだ。だから……俺の気持ち、無視しないでよ」
 少し寂しそうに微笑む彼の笑顔を見て、美緒の胸が切なく締め付けられた。
 でも。でもやっぱり……
「ごめんなさい。私、好きな人がいるの」
「え……?」
「本気で大好きな人がいるの。今はその人のことしか考えられないの。だから……あなたの気持ちは受け取れません」
「……そっか」
「ごめんなさい……」
「それならそうと、早く言ってくれれば良かったのに」
 本気の気持ちを向けられたから、本気の気持ちで答えた。彼は、美緒の言葉を真摯に受け止めると、苦い顔をして、その場を後にした。寂しそうなその表情が、美緒の瞳の奥に焼きつく。どうしようもないこととは言え、彼の気持ちを傷つけてしまったことを、つらく感じた。
 柔らかい風が、また美緒の髪を優しく乱す。緑溢れる中庭は、明るささえ感じさせるのに、美緒の心は曇った。
「見ーちゃった」
 後味が悪く、その場でボーっと立ち尽くしている美緒の背後から、最近聞きなれるようになった男の声が響いた。振り向くと、やはりそこに立っていたのは、恋人の弟だった。
「さっきの男、誰?」
「隣のクラスの男の子……」
「ふーん。美緒ちゃん、もてもてだな」
「……からかわないでよ」
「なんでそんなに不機嫌なんだよ。女の子って普通、告白されたら嬉しいもんじゃないの?」
 ニコニコと微笑みながら近付いてくる泉の視線から逃げるように、俯いた。不機嫌にしているつもりはないが、困惑した美緒の表情は、泉の目にはいつもと違って見えたのだろう。
 泉は彼女が何を思っているのか気になって、仕方がなかった。
「嬉しくなんかないよ……。だって応えてあげられないもん。傷つけるだけだもん」
「そんなの恋愛には付きもんだろうが。成就する恋もあれば、こっぴどく振られる恋もあるんだよ」
「わかってるよ。……でも、やっぱり嬉しくはないよ」
「美緒は、優しすぎるんだよ」
「……そうなのかな」
「そうそう。もっとさ、『あんたに私は勿体ないのよ!』くらいのこと言えるようにならないとさ」
「何それ」
 泉の冗談に、美緒がクスッと笑った。その笑顔に、彼の心も酷く安心して、微笑を返した。
「まあ、薫がライバルじゃ、絶対勝ち目ないだろうけどな」
「よくわかんないけど……」
「敵が悪すぎだってこと。あいつ敵に回したら、命がいくつあっても足りないよ」
「酷い言われようだね、先生」
「マジ怖えもん……」
「泉くんって、先生を怒らせまいといつも必死だもんね」
「あたりまえじゃん。自分の身のためだからな」
 泉の言葉が可笑しくて、笑いが止まらなかった。
「それにしても、おまえもさ、わざわざ嘘吐かなくても、言えばいいじゃん。最愛の彼氏がいますってさ」
「言えないよ……そんなこと」
「なんで?」
「だって、いつどこで、先生に迷惑がかかるかわからないもの」
「……ほんっと、おまえってバカがつくほど優しい女だな」
 小さな溜息が出る。
 もっと自分を主張すればいいのに、いつも控えめで、優しくて、そんな美緒を見ているともどかしくて堪らなかった。それが彼女のいいところだと、わかっていても。
「告白される度、いつもそんなに滅入ってたら、アホらしいだろ? どうせ、しょっちゅう告白されてるんだろうしさ」
「しょっちゅうなんて……」
「ハイハイ。別に嘘吐かなくていいよ。もてもての美緒ちゃんのことくらいわかってるしー」
 泉の言うとおり、人よりは告白される機会も多いのだろう。だからと言って、泉の言うようには思えない。自分が真剣な恋をしているからこそ、相手の気持ちもよくわかった。大好きな人に拒まれるときの胸の痛みを思うと、居たたまれなかった。
「じゃあ、そういう泉くんは、いつも告白された時どうしてるの?」
「俺? ……そうだな、まあ、可愛かったらとりあえず付き合ってみるかも」
「好きじゃない相手でも?」
「とりあえず、付き合ってみないとわかんないこともあるだろ?」
「まあ、そうだけど……」
「体の相性とかさ」
「もう! またそんなことばっかり」
 憤慨して、泉を怒鳴る美緒とは対照的に、泉はゴメンと謝りながら苦笑を零した。けれど、泉にとっては、今言ったそのままが、恋愛の自然の成り行きだった。
 そう、今までは。
「でもさ……最近はちょっと変わってきたかも」
「変わったって、どういう風に?」
「うーん……なんていうかさ、ちゃんとした恋愛しないとなあって思うわけよ」
「……泉くんでもそんなこと思うんだ」
「泉くんでもって何。『でも』って」
「だって、エッチできたらそれでいいっていつも言ってるじゃない」
 美緒の知る限りの泉は、いつも恋愛を軽んじていた。付き合うこと=肉体関係 とでも認識しているように。だから意外だったのだ。泉の口から、いつもと違う言葉を聞かされたことが。
「俺だって真面目に恋愛したいんだよ。特に最近はね」
「ふーん。そうなんだ」
「言っとくけど、俺が本気で恋愛したら結構すごいよ?」
「何が?」
「今まで遊んでる分、女の扱いには慣れてるし、セックスだって、絶対人並み以上に上手いと思うし」
「……自分で言わないでよ」
 美緒が、呆れた表情を浮かべる。泉らしい物言いだが、やはりこういう話題は苦手だ。
「そんな俺に本気で愛されてみろよ。絶対幸せだと思うんだよね、その子は」
「……まあ、そうかもしれないね」
「お? 否定しないのか?」
「否定? どうして? 自分で言っておいて変なこと聞くんだね」
「美緒のことだから、泉くんなんかに愛されたってー、とか言うと思ったんだよ」
「そんなこと言わないよ。……だって」
「だって、何?」
 美緒は、泉の目を真剣に見つめ、そして柔らかな笑みを零した。
「泉くん、すごく素敵な人だもん。とっても優しいし、すごく素直だし。私は泉くんのこと大好きだから、だから、そう思うの」
 目の前で揺れる少女に、心囚われる――。
 卑怯なほど甘美な台詞と、愛くるしい笑顔。ドクン、と泉の心臓が波打ち、甘い痛みが走る。息が詰まりそうな思いを必死でかみ締めながら、泉は平静を装った。心の中は……たまらなく美緒でいっぱいになったのに。
「アホ」
「痛っ! 誰がアホよ!」
 気持ちを誤魔化すために、美緒の額をぺちっと叩いた。
 ……たまらないのだ。そんな愛くるしい表情で見つめられては。
「そういう台詞はな、薫の前でだけ言ってなさい」
「え? 何で?」
「何でって……あーあ、薫の苦労が思いやられるよ」
「何よ。ちゃんと言ってよ。わからないでしょ」
「無意識ほど恐ろしいものってないよな」
「痛っ! もう、痛いってば」
「お仕置きだよ。薫の代わりにな」
 苦笑を零して、また美緒の額を軽く叩いた。膨れっ面になる彼女を瞳で捉えながら、少々複雑な気持ちを抱える。
 誰にでも優しい彼女。優しすぎるその心は、ある意味罪深いかもしれない。彼女の優しさに癒される人間も、多々いるだろう。だが、誤解を生むことも少なからずあるような気がした。
 例えば今。泉にとって美緒が兄の恋人だという意識がなかったなら、あの瞬間、きっと彼女を腕の中に閉じ込めていたに違いない。美緒はきっと、泉のことを恋愛対象としてなど見ていないのだろう。けれど、あんな愛くるしい姿を見せられた男は、すかさず美緒を女として見そうな気がした。全くもって、罪な女だ。
「おまえ、今までよく襲われたりしなかったな」
「どういう意味?」
「いや、なんとなくさ。……初めての彼氏も、初めてのキスも何もかも、薫が相手なんだろ?」
「な、何よ、突然……」
「薫以外の男と付き合ったことないんだよな?」
「え? ……うん、まあ、そうだけど」
「よく今まで誰にも手付けられなかったなって思っただけだよ」
 美緒の清楚さや可憐さは、確かにたくさん男を知っているような雰囲気は感じさせない。
 だが、周りの男がそれを放っておくのは不思議な気がした。格好の餌食じゃないか。こんな、愛らしい少女に誰も手をつけなかっただなんて、不思議で仕方がなかった。もしかしたら、美緒の鈍感さが、周りの男を無意識に近付かせなかったのだろうか。
「だって別にそんなにもてないし……誰も私なんか相手にしないよ」
「おまえやっぱりアホだろ」
「もう、何よさっきからアホアホって!」
「まあ、せいぜい薫のために女磨いてください」
「泉くんなんかに言われなくたって頑張るもん」
「そうそう、薫以外の男には、いつもそうやって振舞っとけ」
「……え?」
「あんま、気持たせるようなことすんなよ。男は馬鹿だから、すぐ鵜呑みにするぞ」
 そんなことを彼女に言ったところで、どうせ何も変わりはしないことは泉自身がよくわかっていた。彼自身、そんな自然体の美緒を好きになってしまったのだから。
 苦笑を零しながら、美緒の頭を小突く。痛いと口にして頬をプゥと膨らませる美緒の愛らしさを、目に焼き付けた。
 一番馬鹿なのは泉だ。だからこそ、翻弄しないで欲しい。美緒の愛らしさを前にして、屈さずにいられるほど、強くはないのだから。
「あ、そうだ。あのね? 泉くん……」
「何?」
「あの……さっきのこと、先生には言わないでね」
「あ?」
「だから、さっきここであったこと、先生には言わないで欲しいの」
「美緒が告白されてたことか?」
 コクンと、彼女が頷いた。
 何故彼女がそういうのかわからなくて、泉は不思議な気持ちになる。
「なんで? 別に悪いことしてるわけじゃないじゃん」
「それはそうなんだけど。でもやっぱり、言わないで欲しいの」
「まあ、美緒がそう言うなら言わないけどさ……でもどうして?」
「だって、私だって、先生が誰かに告白されたとしたら、そんなこと聞きたくないもん。……知らなくていいことはたくさんあるでしょ?」
「昔の彼女のこととか?」
「……そうだね。それも出来れば知りたくなかったな」
 そう言った時の美緒の表情が少し寂しげで、泉はその時すぐに気付いた。美緒が、麻里の存在に関して、知らなくていいことまで知ってることを。思えば、初めて美緒と言葉を交わした時も、昔の彼女を匂わせるような言葉を散々美緒に浴びせた。それは、美緒が薫の昔の彼女を知らないと思ったから出来たことであって、でもいざこういう現実を突きつけられると、あの時美緒に言ったことを全て後悔した。
 どんな気持ちで受け止めたのだろう。麻里と、美緒を比較したあの時の泉の言葉を。
「薫のさ……」
「ん?」
「薫の女の趣味が変わったって、初めて喋った時に言っただろ?」
「……うん」
「やっぱ薫は見る目あるなって、今すごく思うよ」
「どういう意味?」
 疑わしげな目で見上げる美緒の視線と、泉の視線が絡まった。その瞬間、とてつもなく恥ずかしくなって、ふいっと視線を外す。それでも追いかけてくる美緒の視線が居たたまれなくて、泉はまた彼女の額をペチッと叩いた。彼なりの照れ隠しだ。
「痛いっ! もう、今日の泉くん暴力的過ぎだよ」
「おまえがじっと見るからだろ。バカ美緒」
「なんでじっと見ちゃ悪いのよ、バカ泉」
「ほれ、そういうことを言うから仕置きが必要なんだよ。わかったか、バカ美緒」
「なんなのよもう! 泉くんなんか、大ッキライ!」
 フンとそっぽを向いた彼女を見て、クスクスと笑いが零れた。美緒も、そんな泉に対して本気で怒っているわけではなく、彼の笑い声を聞いて、心穏やかになる。憎めないのが彼のいいところだ。たとえ、認めたくなくたって、自然と心が言うことを聞いてしまうのだ。
「あ、噂をすれば、白衣の王子様登場だ」
「王子様?」
「いや、あれは王様だな。王子って柄じゃねーもんな。あの威厳は」
 冗談を言う泉の視線の先には、白衣をヒラヒラと翻して渡り廊下を歩く薫の姿があった。こちらには全く気付いていないのか、淡々と廊下を歩いている。途中、すれ違う女子生徒三人に呼び止められ、笑顔で談笑し始めた。
「こんな風に、薫や美緒に会うのも、後一日か」
「え? どういう意味?」
「俺、明日で終わりだよ。教育実習」
「え?! そうだったの?」
 しれっと答える泉だが、美緒にとっては全然頭の中になかったことで、驚きを隠せずにはいられなかった。
 泉が来てから二週間。最初は長いと思っていた二週間が、あっという間に過ぎて、美緒にはなかなか実感が湧かなかった。
「知らなかったのかよ。冷たい奴」
「ごめん。……でも、早かったね」
「ああ。本当に早かったな」
 思い出せば、遠い昔のような、昨日のような……。泉にとって、こんなにも濃厚な二週間は、人生で初めてであったに違いない。それはきっと、隣に立つ、小さくて愛らしい彼女のせいだ。
 女生徒と談笑を終えたのか、薫が再び歩き始めた。相変わらず、こちらには気付いていない。泉は、大きく息を吸うと、思いのままに叫んだ。
「カオル! こっちだよ、こっちこっち!」
 その瞬間、薫だけではなく、その付近にいた人間全員が泉と美緒の方へと振り返った。大きく手を振りながらニコニコと薫に合図を送る泉とは反対に、美緒は刺すようなその視線たちに居たたまれなくなって、顔を真っ青にする。笑顔で近付いてこようとする薫を見届けるまでもなく、まるで他人のような雰囲気を装って、その場を一気に駆け出した。
「あ、美緒! どこ行くんだよ!」
 名前を呼ぶな、と心の中で呟きながら逃げる美緒を、驚きの目で見送る。
 薫が辿り着くと同時くらいに、美緒の姿が見えなくなった。
「あいつ、逃げやがった……」
「そりゃあ、あんな風に皆が見ればなあ」
「え? なんでだよ」
 全くもって美緒の気持ちがわかっていない泉を一瞥して、薫は腕組みをすると小さく溜息をついた。この弟に、羞恥や世間体を求めてもしかたがない。元より、兄である薫でさえ、そういう意味では美緒に指摘を受けることが多々あるからだ。
「おまえももうちょっと美緒の気持ち考えてやれば? 噂になってること、あいつがどう思ってるのか、知らないわけじゃないだろ」
「あ? ……ああ、そういやそんな噂もあったな」
「まあ、そういうとこはおまえらしいけどさ」
「でも、美緒とは違って、薫は相変わらず余裕ぶっこいてるよな」
「これくらいで動じてちゃ、おまえの兄貴なんかできないよ」
 そう言って呆れて笑う薫に、泉が拗ねたような気持ちになる。
 けれど、薫の言っていることが当たっているから、仕方がない。薫が兄でなかったら、きっと兄弟の関係など、ここまで深くないかもしれないとも思った。
「それに、俺の可愛い彼女なんだから、大事にしてくれよな」
「……ああ。わかってるよ」
 切ない風が、泉の頬を撫で、そして思いを奪い去った。
「それよりおまえ、明日で実習終わりだろ?」
「うん。やっと解放されるよ。マジ嬉しい」
「本当に?」
「……なんだよ。何が言いたいわけ?」
「いや、本当は寂しいんじゃないかなって思ってさ」
「まあ、薫にもこんなにしょっちゅうは会えなくなるしな」
 何かを誤魔化しながら、けれど本心を語った。薫と会えなくなることは、少なからず泉にとっては落胆の一部だ。でも、薫にはそんな泉の本心が全て見えていた。
「違うだろ。美緒に会えなくなるのが寂しいくせに」
「……は?」
「まあ、いいさ。じゃあ、俺は仕事に戻るから」
「え? お、おい、薫」
 泉の問いかけに答えることなく、薫は背を向け『じゃあな』と言いながら泉に手をヒラヒラと振った。
 呆気なく本心を全て見透かされていたことに、泉は戸惑いを隠せなかった。

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