華水の月

38.愛玩少女

 部屋に着くなり、美緒は荷物を持ってキッチンへ直行した。玄関先で抱き締めようとした薫の腕をサラリと交わし、買ってきたものを律儀に冷蔵庫の中へとしまっていた。
 こういう感覚は、さすが女だと思う。女と一括りにするのは大げさだが、料理を得意とする美緒ならではの自然な行動だった。
「買ってきた物と、俺と、どっちが大事?」
 なんて、わざとイジワルな質問をしてしまうのは、彼女が困るとわかっているからだ。
 困りながらも、彼女は、
「……先生です」
 と、答えてくれる。頬を染め、薫にやっと届くくらいの小さな声で。
 そんな控えめで健気なところが、なんとも愛くるしい。
「でも、早く冷蔵庫に入れないと、傷んじゃうから」
 言い訳をするのも忘れない。照れ隠し故の台詞だとわかっている薫にとっては、そんな言葉さえ、微笑ましい。
 薫は、彼女の白く華奢な手が器用に片付けていく様を、目を細め、愛しさに微笑みながら見つめていた。


「今頃、泉くんとハルカどうしてるかなあ」
「さあ。案外二人で仲良く話し込んでたりして」
「それは……ないような気がしますけど」
「何気に泉は人の心を動かすのが上手いから、次会った時は、親友になってたりするかもよ」
「絶対ないです、それは」
「言い切るね」
「そりゃあ、少しは仲良くなるかもしれないけど、親友まではないですよ。だって、友達って言うより、いつも何か競ってる感じがするんです」
 何を競っているのかはわからないけど、互いに譲らない何かを持っている気がする。美緒には、入れない領域で。そんなことを考えながら苦笑いを浮かべて、まな板の上に置いた野菜を形よく切っていく。薫はソファで雑誌を読みながら、美緒の言葉に相槌を打っていた。カウンターキッチンなので、会話をするにはちょうどいい。
 帰ってきたばかりの時は、美緒に触れようとばかりしていた薫だったが、美緒の気が料理に向いていることを悟ると、大人しくそれを受け入れた。美緒が本当に楽しそうだったのだ。薫が食べることを想像しながら料理をしている美緒は、本当に楽しそうで、可愛らしい。そんな雰囲気に色気など皆無だが、これはこれで幸せな時間だと思える。自分のそばで、最愛の彼女が、自分のために楽しそうに何かを作り上げていく。これもまた、一つの幸せの形だ。
「さながら、あの二人はライバルってところか」
「ライバル?」
「まあ、そのうち泉から色々聞かされるだろ。どうせあいつは、あったことを黙ってられるタイプじゃないんだから」
「いつも聞き役ですもんね、先生」
「まったくだ。まあ、大概のことは聞き流してるけどね」
「アハハ。それ聞いたらきっと、泉くん怒っちゃいますよ。先生に聞いてもらえること、いつも楽しみにしてるのに」
 聞き流していると言っても、頭のいい薫のことだ。きっと、些細なことも全て覚えているに違いない。
 薫と泉は本当に仲が良く、いつも何かしら二人で話していることが多い。基本的には、泉が持ちかけた話題を、薫が彼なりの価値観を織り交ぜながら展開していくという感じだ。美緒がいてもいなくても、そのスタイルは変わらない。昔から、そういう兄弟なのだと、薫が以前美緒に教えてくれた。
「なあ、美緒。それ、二人分にしてはちょっと多すぎないか?」
 雑誌をソファに置いて、薫が美緒のところまでやってくる。綺麗に切りそろえられた材料を見て、その多さに眉を顰めた。
「買い物してる時から感じてはいたけど、俺、そこまで大食いじゃないよ」
 薫も泉と同じく大食いの方だが、軽く四、五人分はあるかと思える量を食べはしない。
「泉くんのもあるから、三人分です」
「え? 泉?」
 当たり前のように答えた美緒の言葉を、あえて聞き返す。
 確かによく食べる薫と泉を入れての三人分なら、ちょうどいいとも言えなくないが、なぜそこで泉の名が出てくるのか。薫の表情は、答えを聞いてからも変わらなかった。
「泉くん、今日は一日暇なんだって言ってたから、ご飯呼んであげようかなあと思って」
「なんだ、あいつ今日予定ないわけ?」
「そう言ってましたよ?」
「珍しいね。いつも友達と遊び回ってるあいつが暇だなんて」
「泉くん、私の料理すごく喜んでくれるから、なんか嬉しいんです。ほら、泉くんて嘘吐かないでしょ。だから、お世辞じゃなくて本当に美味しいと思ってくれるのがわかるし」
「ふーん。……で、おまえは泉を呼びたいと?」
「……ダメですか?」
 手を洗っていたのを止めて、美緒が後ろに立つ薫を見上げた。いつもなら、泉を誘うことに何も言わない薫なのに、今は何か違う気がしたのだ。
 すると、薫は少しだけ微笑んで、後ろからギュッと美緒を抱き締めた。手から滴り落ちる水を気にもせず、それさえも包み込むように。
「ど、どうしたんですか? 先生……」
「もし俺が、泉なんて呼ばなくてもいいって言ったら、どうする?」
「え?」
「それでもおまえは呼ぶんだろうな。おまえにとっての泉は、大好きなお兄ちゃんだから」
「何……言ってるんですか……」
「男女の恋愛に関して無知なのも、一つ一つ教えてやることが出来て可愛いけど、おまえはもうちょっと、男の気持ちを理解できるようになった方がいい。それとも、わざと煽ってるとか?」
 背後から抱き締めていた体を正面に戻し、顎に指を添え上を向かせると、彼女の小さな唇にキスをした。戸惑うように見つめる美緒の瞳にも、キスを一つ。美緒の首元でキラキラと光るピンクダイヤモンドを指で絡めとり、そのダイヤにもキスを落とした。
「よく似合ってるよ、ピンクダイヤ」
「……ありがとうございます」
「俺だけの美緒って感じがする。その輝きがおまえを包んでると」
「……うん」
 薫の話の展開に付いていけない。何を言わんとしているのかよくわからず、ただ薫の瞳から何かを探ろうとじっと見つめていた。
 光の加減で色を変える、薫の瞳。青に見える時もあれば、優しさに揺れる茶色、そして漆黒に見える時もある。きっと、感情のままに色を変えるのだろうが、その色が彼のどんな感情を表しているのかなど、美緒にはわかるはずもなかった。
 ――ポーカーフェイス。いつも優しい笑顔の裏に、感情を秘めている。
「今日の美緒は一段と綺麗で可愛いよ。その服も、おまえによく似合ってる。綺麗だ」
「本当ですか?」
 美緒が、パッと微笑んだ。
 泉が見立てた、大人っぽい黒のワンピース。似合っているからと無理矢理プレゼントされたものだが、自分にはまだ似合わないと思っていただけに、薫からの誉め言葉は素直に嬉しかった。そんな彼女の笑顔を受けて、薫も優しく微笑む。その瞳の奥に、『嫉妬』という紫の色を宿して。
「ああ。すごく似合ってるよ。でも、いつもの美緒の趣味じゃないね。おまえは普段、もっと清楚で可愛らしい服装を好むから」
「あ……はい」
「こんな露出の激しい色っぽい服装なんて自分じゃ選ばない。おまえは、男に媚びた服装なんか、しない女だ」
 普段から綺麗めの可愛らしい服装を美緒は好んでいる。少女っぽさを感じさせない上品さがそれを際立てて、とても愛らしいお嬢様のようなイメージが強い。
 けれど、今の美緒の服装は、男を誘う大人の女そのものだ。元々どんな服でも着こなせるだけあって、その服が一層美緒の色気を引き立てる。まるで匂い立つかのようだった。体の芯が震えるような、そんな欲情した香り。
 薫は指に絡めたままのピンクダイヤのネックレスを指でクッと引くと、ギリギリまで唇を近づけて、ニヤリと笑った。
「この首元を縛れるのは、俺だけ。知ってる?」
「え……?」
「誰にも触らせたくない。唇だけじゃなく、指だけじゃなく……誰の目にさえも。だから、俺だけの愛情で縛っておきたかったんだ、おまえを」
 ――このダイヤモンドの鎖で。
 無防備な首筋に、噛み付くようにキスをした。あっ、と漏れる声。美緒のことなどお構いなしに、彼女の腰を引き寄せ、その首筋に舌を這わせた。
「首元だけじゃないよ。耳も、髪も、指も、声も、おまえの体全部、俺のものだ」
「……先生?」
「それをわかってて、おまえは他の男の手に染まるの?」
「言ってる意味が……よくわかりません」
「俺が見ているとわかっていて、他の男の言うなりに染められるのかって言ってんだよ」
 いつもとは少し違う、薫の強い口調。微笑む眼差しは優しいのに、美緒を攻め立てる声は愛欲にまみれている。身震いするほど『男』を感じる。優しさだけじゃない、女を支配しようとする『男』の匂いを。
 薫はひとしきり首筋を愛撫すると、美緒の息が乱れているのを確認し、美緒を抱き上げ、そのまま寝室へと移った。後ろ手にドアを閉め、広いベッドに運び、横たえる。そのまま覆い被さるように体を倒すと、再び首筋へと唇を寄せた。そして、その唇は胸元へと辿っていく。
「泉に感謝しないといけないかな。随分脱がせやすい洋服を美緒にプレゼントしてくれてありがとうって」
「え……? 泉くんからのプレゼントだって、先生知ってたの?」
 肩にかろうじてかかっている部分を、スルリと薫の手が外していく。華奢な肩が露になり、そこへと口付けた。ビクリと竦む美緒の体。それを楽しむように、薫の口付けは美緒の体中に降り注ぐ。
「知ってたよ。おまえを見た瞬間にわかった。泉が見立てた服だってことくらい」
 好みが似ているからこそ、わかる。美緒に着せてみたいと思う服が一緒だから。だから嫉妬した。
 ただ単純に、いつもの美緒が好むような服装だったなら、そんな気にもならなかったのかもしれない。けれど、女を匂わせるこのワンピース。これだからこそ嫉妬を掻き立てられたのだ。泉の目に映る美緒が、女であるという証拠。ただの妹にこんな欲情を煽る服を着せたりはしない。そして、そんな風に美緒を着飾った泉のセンスに思わず惹きつけられたことにも苛立った。
 自分以外の誰かの手により美しくなった美緒を見るだなんて、たまらなかったのだ。しかも彼女はその姿を誉められ、美しく微笑んだ。
「やっぱり、ムカツクなあ。おまえが、喜んでそんな服着てると思うと。俺の嫉妬煽ろうとして、わざとそんなことやってんの?」
「え……嫉妬……?」
 服の上から、豊満な彼女の胸を包み込む。少し荒いくらいの力加減が、逆に欲情を煽る。既に美緒の意識が快感に揺れ始めていた。薫の指も唇も、容赦なく美緒を攻め立てて、あっさりとその波へと引きずり込んでいく。
「そんな器用なことできる女じゃないか、おまえは。……だとしたらやっぱり、直接体に教え込まないといけないかな」
「何……言ってるんですか?」
「男の嫉妬心を下手に煽るとどうなるか、身をもって知れって言ってんだよ」
 鎖骨への口付けを止めて上半身を起こすと、薫がネクタイを緩めシュッと抜いた。
 瞬間、美緒の目にキラリとした光が見えた。
 薫のネクタイピンだろうか――。
 確かにそこには、普通のネクタイピンには異質ともいえる神々しい光が見えたのだ。それは、自分の胸元に光る薄紅の輝きと同じように見えた。
 けれど、そんなことを考える間もなく、薫は美緒の両手を掴んで頭の上で束ねると、片手に持っていたネクタイで両手首をキュッと縛った。途端美緒を襲う拘束感。素早く巻きつけ縛り上げられた手首は、あっさりと自由を奪われた。
「ちょっ……先生! 何するんですか?!」
「お仕置き」
「お仕置きって、何の……」
「抵抗するならすればいいよ。でも逃がさない、絶対に」
 淫靡なほどの微笑を浮かべた薫の瞳の色は紫。今、ようやく一つわかった気がする。嫉妬の色は、紫だと。
「生憎俺は、女のことで嫉妬するなんてまっぴらゴメンなんだよ。そんな子供じみた感情、感じたくもないね」
「嫉妬って……」
「泉の手で綺麗になったおまえを見て、俺が何も感じなかったとでも思ってんの? 妬かなかったとでも? ……忘れちゃ困るよ、俺も普通の男だってこと」
 ハッ、と笑う。もしかしたら美緒は、とんでもないことをしてしまったのかもしれない。だが時は既に遅かった。
「おまえを着飾るのは俺だけだと、あの時言ったことを忘れたなんて言わせない。忘れたと言うなら、叩き込むまでだ」
 美緒のワンピースを捲し上げて、全てを首から引き抜く。無造作に扱われたそれが縛られた手元にクルリと纏まった。それと引き換えに現れる、白くて華奢な体。白い肌は微かに桃色に色づき、熱を帯びていた。
 かろうじて下着だけが肌を隠しているに過ぎない。むしろその光景は、脱がせてくださいと懇願しているようにさえ見えた。
「やだっ……こんなの……っ」
「嫌? 本当はそんなこと思ってないくせによく言うよ。こうなるのをずっと想像してたのは、美緒じゃないか」
「こんなのいつもの先生じゃない」
「これも俺だ。嫉妬する顔を、おまえが知らないだけだろう?」
 首筋から下腹部に向かって、薫の人差し指がスーッと滑る。美緒がその感触に悶えて体をくねらせると、薫が満足気に微笑んだ。
「とことん愛してやる。おまえが嫌って言うくらいに」
 ――怖い。
 身震いする体を抱き締めることもできず、美緒は薫の視線や指に耐える。いつもの薫ではない、『男』という力強い威圧感に負けそうで、ギュッと目を閉じた。
 支配されかけている。心も体も、薫という鎖に縛られて。
「だけど安心しろ。おまえ以外には、誰一人として俺を嫉妬させたりできない」
 その言葉に、うっすらと瞳を開ける。瞬間重なる唇は、乱暴なのにとても温かかった。
 ――愛おしい。
 嫉妬の感情も、束縛したい気持ちも、美緒だけに向けられる薫の本能。他の誰も、彼のこんな姿を見ることはできない。こんな風に求められ、強く愛されることなどない。そう思うと、目の前で自分を思いのままにするこの男が、愛しくてたまらなくなる。全てを委ね、その血と肉と一つになりたいと思うほどに。
「バカ、泣くなよ。泣かれると、決心が鈍るだろ」
 美緒の目尻に溜まっていく涙。零れ落ちそうになった瞬間、薫の舌がそれをすくいあげた。
 愛する余りに涙が零れる。愛しいと思えば思うほど。求められれば、求められるほど……。言葉では伝えきれないほど心は幼く、その愛情は深いから。だから、零す涙は愛しさそのものなのだと気付いて欲しい。
「好きだから止まらないんだもん……」
「ん?」
「怖いのに、愛しいの……」
 拭っても拭っても、涙が零れ落ちる。とことん、美緒を虐めてやろうと思っていたのに、こんな風に弱々しく泣かれると、薫の本来の優しさを呼び起こされそうになった。
 辱めたいのに、守りたくなる。泣かせたいのに、抱き締めたくて……。
 いつも両極端なのだ。壊したいほどの独占欲と、傷つけたくないという優しさと。永遠を望むくせに、刹那に生きられたらとも思う。
 初めてだ。こんなにも、一人の女に心揺さぶられたのは。
「……いいよ? 先生の好きにして」
「美緒……」
「先生にだったら何されてもいいの。だって……大好きだもん。私は何もしてあげられないから、せめて先生の思うままにしてあげたいの」
 縛られたままの腕を胸の前でギュッと抱え、伏目がちに呟く声。怯えた子猫のように小さく身を縮ませていた。
 本当は、怖いくせに――。
 そんな姿に、心臓が震えてしまうくらい欲情したのがわかった。
 柔らかい髪を指に絡める。その毛先にまで性感帯があるのではと思うように、美緒がビクリと反応した。
「でも……もう少しだけ優しくして下さい。あんまり酷くされると、泣いちゃうから……」
 バカな女だ――。
 どこまでも従順で、愛らしく。そんな風に怯えた表情を見せれば、男が欲情するなんてことも知らずに。だからこそ、満たしたくなる。何も知らない美緒を、薫の全てで染めてしまいたくなる。もう、他の男など入れる隙もないくらいに。
「可愛いこと言ってくれるのは嬉しいけど、それは約束できない」
「え? ……キャッ」
「生憎今日の俺は、おまえに優しくできそうにない」
 縛り上げた細い手首を掴んで、うつ伏せにさせた。腰を少し浮かせ、膝を立たせる。縛られた手でかろうじて体重を支える美緒の上から、長身の体が覆い被さる。重力のままに露になる乳房を乱暴に掴むと、美緒が顔を顰め声を上げた。
「おまえが悪い。おまえが、他の男にばかり心を許すから」
「でも、泉くんは……」
「俺の弟じゃなかったら、潰してるところだ。おまえが、兄じゃなく男として泉を見ていた場合も同じく」
「男としてだなんて……私、思ってない」
「わかってるよ。でも、お仕置きは必要だろう?」
 華奢な背にあるブラのホックをパチンと外し、柔らかな胸に再び手を寄せ存分に揉みしだくと、その頂きにある桜色の蕾をギュッと掴む。背中には、何度も甘いキスを落とした。逃げようとしても、薫の片方の腕が美緒を抑え込んでいて敵わない。
 美緒に対する征服欲は高まるばかりだ。いつもだったら、こんな風に美緒を愛したりはしないのに。今は、ある意味狂っていると言えるかもしれない。
「俺以外何も考えられないようにしてやろうか」
 そう、正気でいられないほど、美緒に狂っている――。
「俺なしじゃ、生きていけないような体に」
 胸を愛撫していた手が下腹部に伸び、下着の上から彼女の秘部を撫でた。既に湿り気を帯び始め、指をクッと押すと卑猥な音を立てる。その音が美緒の耳にも届き、あまりの羞恥に一気に体温が上昇した。
「嫌だとか怖いとか言ってる割には、体は随分と正直なようだけど?」
「いやっ……知らない、そんなの」
「じゃあ、聞かせてやろうか? もっと」
 下着の脇から指を滑り込ませ、濡れた花びらをスッと撫でた。途端、美緒が背を仰け反らせ、息を呑む。唇を噛み締め、必死で喘ぎを我慢しようとしていたけれど、蜜壷に差し入れられた薫の指で、欲望に歯止めが利かなくなった。
 まずは一本。薫の長い中指が、美緒の中をゆっくりと侵食し、優しく犯した。
「すごく濡れてるけど? 熱くてきつくて、すぐにでも下さいって、ココはそう言ってるじゃないか」
「嘘……っ」
「経験も浅いくせに、しっかり女の顔して誘うなんて、悪い子だ」
「そんなの知らない……っ、わかん……ない」
 巧妙なほどの指の動きに、体が悦びに染まるのを止めることができない。最初一本だった指は二本に増え、これでもかと言うほどそれを咥えて離さない。むしろ、薫の指を締め上げては、奥へと誘おうとしていた。もっと乱して欲しい、狂わせて欲しいと。
 かき回される度、卑猥な音を立て、愛液を溢れさせる。内股を伝い流れていく自分の快感の証拠は、クリアすぎるくらいはっきりと、美緒の意識に届いた。それが尚、羞恥を煽る。辱められている自分に、欲情さえした。
「指じゃ足りないんじゃないの。こんなに濡らして、中はヒクついてるけど?」
「先生……やだ……っ」
「やだじゃない。本当は気持ちいいくせに」
 美緒の中をかき回していた指を引き抜き、そのすぐ上部にある快感の芽をスルリと撫でた。愛液で指が濡れ、愛撫を助けるかのように、触れる芽の上を柔らかく滑る。中をかき回されるのとは違う鋭い快感に、美緒が目をギュッと閉じて唇を噛み締めた。
「どうした? ここ、触られるの好きじゃなかったっけ」
「あっ! んっ、やめ……っ」
「逃がさないよ。しっかり、俺の体覚えてもらわないとね」
 敏感すぎる蕾をキュッと掴まれて、反射的に浮いてしまう腰。足を閉じようとしても、薫の体が背後から割り込んで閉じることができない。片方では胸を愛撫され、片方では蜜を掻き回し、気がおかしくなるほど快感に蝕まれていた。
「先生の……イジワル」
「誉め言葉だな。おまえの我慢する顔は、余計に俺を煽る」
「優しくしてって……言った……のにっ」
「いつもは優しくしてやってんだろ?」
 背筋を舐められ、ゾクリと身の竦むほどの感触に、思わず腕の力が抜ける。前のめりに倒れこむ体。その間も、薫は美緒を愛撫する手を止めない。
「もうダメ……先生……おねが……い」
「まだだよ。まだ、俺の体覚えてないだろ」
「お願い、せんせ……」
 再び蜜壷に突き入れられた指。もう、かき回すのが困難なほど、中が締め付けられていた。熱いともいえるほどの熱と、貪欲な肉壁が、薫を取り込んで離さない。そのくせ、もっと大きなものをと欲している。もう少し焦らしてからにしようと思っていたが、このままだと美緒の体が先に果てると思い、薫は仕方なく折れた。
 ただ、普通に折れてやるのも癪だ。その口で懇願させるまではやめるつもりなど毛頭ない。指を器用に使い、蜜壷とぷっくりと芽を出す蕾を両方愛撫する。
「お願いって、何?」
「……お願い、もう我慢できない」
「やめて欲しいってこと? いいよ、じゃあやめようか」
「やだ……、お願い先生」
「口ではっきり言わないとわからないよ、ホラ」
 猫のように反る背中に唇を寄せ、ベッドの間につぶれた胸を片手で探りあてる。柔らかく揉みしだきながら、愛撫を続けると、指を締め付ける蜜壷から、更にトロリと愛液が滴り落ちた。
 そのサマを見て、ニヤリと微笑む。たまらなくそそられた。自分の手で、欲望のままに色を染める美緒の姿に。
「先生が……先生が欲しい……の」
「どこに?」
「私の……中に、お願い」
「いやらしい女だな。だったら、『入れて下さいお願いします』って言ってみろ」
「そ、そんなこと……っ」
「言えないなら、もっと焦らすまでだ」
「……っ」
「さあ、どうする美緒」
 屈服を確信しての問い。美緒は理性よりも本能を取った。
「……い……入れて、下さい。……お願いします」
 声は震え、羞恥のあまり真っ赤に染まる美緒の頬を見て、薫がほくそ笑む。普段の美緒なら、こんな台詞を口が裂けたって言えやしないだろう。それを言わせているということへの満足感。身震いがする。
「上出来だ」
 愛撫していた手を止め、一瞬だけ彼女から体を離した。いつの間にか、薫の衣服も少し乱れていた。
 彼はすぐさま避妊具をつけると、衣服は着用したまま、美緒に覆い被さった。手荒く、美緒の下着を膝まで引き下ろす。そして美緒の腰を引き上げると、後背位のままゆっくり中へと進入した。
「あっ! ……クッ……ん」
 美緒は思わず声を上げた。
 あまりの薫の質量感に、無意識に唇を噛み締め、耐える。
 いつもこの瞬間がたまらなかった。全身が快感のあまりに粟立つ。あまりの大きさに、頭の中では受け入れきれないと思うのに、体は貪欲なまでに薫を飲み込んでしまう。その瞬間、やはり自分の体は、薫を欲してたまらないのだと再認識させられるのだ。
 結局、どんなに抗ったって、この男には敵わないと。
「先生……お願いっ、ゆっくり……」
 初めての体位だからか、体の中へ薫が入ってくる感覚を存分に感じた。形も、熱も、硬さも、すごくリアルに。まだ動いてもいないのに、すぐにでも果ててしまいそうだ。感じる熱だけで、体が溶けてしまいそうだった。
 犯されている。体の中を、薫の熱が駆け巡る。
「すごいな、おまえの中……良すぎ」
「……っ、本当?」
「ああ。まるでおまえに抱かれてるように感じるくらい、……飲み込まれそう」
 ジワジワと薫を締め付ける、美緒の体。吸い付くかと思えば、柔らかく抱き締めるように蠢く感触に、女の神秘を感じ取る。頭で考える理屈を遥かに超えては、男を取り込んでいく。それはまるで、果てのない海のように深く。
 美緒の体が馴染むまでじっとしていた後、薫はゆっくりと律動を送り込んだ。
「ちゃんと、俺だけ見てろ。他の男になんて、絶対渡さない」
 激しく突き上げられて、体が揺さぶられるのを必死で耐えながら、美緒がチラリと薫の方へと振り向く。目元は、涙で潤んでいた。泣けてくるほど、たまらない快感。でも、体ではなく心で感じる薫の愛が欲しくて、甘く声を漏らしながらも、必死で言葉を綴った。
「先生だけが好き……っ、だから、お願い……キスして……」
 言い終えたと同時に、ポロリと零れ落ちる涙。
 薫はそんな美緒の愛らしさを目に焼き付けると、ゆっくりと動きを止めた。
「顔が見えないのは嫌なの……先生をちゃんと感じたいの」
 喘ぐ呼吸を落ち着かせながら、美緒がもう一度、キスしてください、と言う。その姿がたまらなく愛しくて、薫は美緒の体をギュッと抱き締めた。
「ああ。俺も愛してるよ、美緒……」
 あお向けに寝かせ、縛っていた手首のネクタイを解き、その唇にゆっくりとキスを落とす。美緒は柔らかく微笑んで、薫の髪に指を絡めた。
 愛している。とてもとても。言葉にできないほど、深く。
 時に、怖いほどの独占欲に縛られても、それが愛しいくらいに。
「愛してる……」
 薫は、しっとりと濡れる美緒の目元に口付け、そしてもう一度深く彼女と交じり合った。強く求めるでもなく、壊したいわけでもなく。ただ、慈しむように柔らかく、美緒を、抱き締めていた。
 泣くようだった彼女の声は、いつしか悦びを幸せと感じられるほど甘く疼く声に変わっていた。


「先生が、こんなにやきもち焼きだなんて知らなかった」
 背中から抱き締めるように抱いた美緒の体。
 温かくて、華奢で、今にも折れてしまいそうなのに、その奥に秘める愛情は海よりも深い。
「普段は、妬いたりなんかしないんだけどね……」
 情事後の気だるい時間を、こうやって肌を重ね合わせて語るのも悪くない。
 昔なら、こんな風に女と戯れたいなどとそう思わなかったのに、今はもう美緒の肌から離れられない。
「おまえが香月といても、泉といても、別に嫉妬なんてしないのに、なんか今日は我慢できなくてさ」
「どうして?」
「おまえが、あまりにも可愛かったせいかな」
 誰よりも美しい美緒は、薫の自慢でもあるけれど、不安にさせる要素の一つでもある。
 無意味な独占欲。誰にも見て欲しくないと願ってしまうのは、身勝手な欲だ。
「変なの。私、全然可愛くなんてないですよ」
「自覚があれば、少しはマシなのに」
「え?」
「自覚のなさが、おまえの一番の罪だな」
 自然と零れ落ちるようなその愛らしさは、誰の目も惹き付けて離さない。恋に落ちてしまえば、終わり。甘い波は、すぐに足元をすくってしまう。華の香りを、漂わせながら……。泉も、ハルカも、そして薫も、いつしかそんな華に心囚われた。
「お腹も空いてきたし、そろそろ泉でも呼んでやるか」
「え? いいんですか?」
「ああ。最初から俺は、反対なんてするつもりはないよ」
「でも、さっきは……」
「あれは、俺のちょっとしたワガママだ」
 泉に向けてくれる美緒の愛情に嫌悪は抱かないと、以前心に決めた。こんなにも幸せなことはないのだから。最愛の彼女と、最愛の弟。彼らが微笑んでいて、どうして幸せでないと言えるのだろう。
 素直に嬉しいのだ。泉が美緒を大事に思ってくれる気持ちも。美緒が泉を慕ってくれる気持ちも。だからこそ薫は、美緒を縛ろうとは思わない。
「でも、やっぱり泉くんを呼ぶのはやめます」
「なんで?」
「だって、今すごく幸せだから、邪魔されたくないんだもん……」
 鼻先に埋めた美緒の髪から漂う甘い香り。背中から抱き締めた向こう側では、美緒がきっと頬を染めているに違いない。胸元で薫の手をギュッと握っては離さないその温もりが、愛しくてたまらなかった。
「じゃあ、今日は俺とずっと二人でいてくれるの?」
「うん……」
「やっぱ可愛いなあ、美緒は」
 抱き締める腕に力を込めた。柔らかい体が、キュッと薫の体に収まる。
「それから、この服も……もう着ません」
「いいよ。着ても」
「でも、先生嫌なんでしょ? 泉くんに買って貰ったこの服……」
「嫌っていうか、似合いすぎてるから悔しかったんだよ。どうせだったら、俺がプレゼントしたかっただけ」
「じゃあ、着てもいいんですか?」
「ああ。むしろ着てやらないと、泉が怒り出しそうだしね」
 クスクスと笑う薫の微笑みに、美緒もつられて笑う。
「今度は、それ着てデートしようか」
「うん……」
「脱がせ易いし、便利だな。泉に後で礼を言っとこう」
「もう! またそんなことばっかり」
 ごめんごめん、と苦笑を零す薫の手に爪を立てた。
 昇り行く恋心。もはや、止まることを知らないのではないだろうか。
「でも、さっきはちょっと、怖かったんだから」
「ん?」
「さっきの先生……いつもと違って、びっくりしちゃいました」
「ごめん。あんなに乱暴にするつもりはなかったんだけどね」
「優しくしてって、言ったのに……」
 口を尖らせて、甘えた口調で語る。薫にしてみても、今日の行動は少し後悔する部分があった。あんなに乱暴に求めるだなんて、いつもだったら考えられないことだ。嫉妬に駆られ、自分を見失うだなんて。
 でも、それくらい美緒に溺れてしまっているということだろう。それならいっそ、溺れつづけるまでだ。
「でも、私のこと、ちゃんと愛してくれてるんだってわかったから、許してあげます」
「バーカ。そんなこと言うと、また襲うぞ」
「……時々なら、いいよ」
「なんだ、おまえもああいうの結構好きってこと?」
「そ、そうじゃないけど……!!」
「じゃあ、時々ね」
 振り向いて反論する美緒の唇をさりげなく奪って、極上の笑みで微笑んだ。相変わらず色っぽい薫の瞳に視線を絡め取られ、美緒も黙り込む。
 沈黙は、ある意味肯定だ。
「なあ、美緒。もう一回しようか」
「え?」
「次は、優しくするけど?」
 耳元で囁くと、美緒は薫の方に体を向け、そしてコクリと頷いた。そんな彼女の額に、天使が捧げるような甘いキスを一つ。
 こんな二人の甘い時間が永遠に続けばいいと、願わずにはいられなかった。

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